2026年10月19日週:依存症の話

 みなさんこんにちは。みなさんは何かに夢中になったりハマったりすることってありませんか?「嵌る(はまる)」というやつです。私はあります。ずっと前に始めたゴルフに最近になって嵌ってしまっています。最近ようやくスコア100を切れるようになってきて、何というのでしょうか、改めてゴルフの面白さというか奥の深さというか、若いころには感じなかった感覚でゴルフをやっています。練習ひとつにしても単にクラブを持って球を打ってという単純なことではなく・・・って、私は何の話をしているようでしょう。ゴルフの練習方法なんてこのコラムを読んでくれている人にはどうでもいいですよね(笑)。
 ところで、この嵌るという言葉ですが、辞書によると「①物理的にぴったりはまる」、「②うまく当てはまる」、「③穴やくぼみに落ちる」、「④罠や計略にかかる」、「⑤何かに夢中になる、のめり込む」と一番最後に「夢中になること」と出てきます。私が個人的に思っているだけかもしれませんが、嵌るという感じはあまり良いイメージはありません。よく見てみると「欺く(あざむく):相手に嘘をついてだますこと」という漢字とよく似ているからかもしれません。
 そういえば最近・・というわけではないですがもう一つ嵌って(はまって)いるものがあります。嵌るという言葉が正しいかどうかわかりませんが、私と「うまく当てはまっている」ことで、「夢中になってのめり込んでいるもの」です。それは何かと言いますと、それはお酒です。お酒に嵌っていると言ってもほんの晩酌で飲む程度なのですが、1日が終わって奥さんと話をしながらゆっくりと晩酌をするのを楽しみにしている今日この頃です。毎日飲んではいますが、朝から晩までお酒を飲みっぱなしとか、お酒の瓶が手放せないとか、いわゆるアルコール依存症というのとも少し違います。・・ということで今回はアルコール依存症の話をしたいと思います。

 アルコール依存症という言葉を聞くと、どこか遠い世界の話のように感じる人も多いかもしれません。けれど、酒というものは私たちの生活のすぐそばにあって、晩酌の湯気のように日常に溶け込んでいます。先ほども書きましたが、私は毎晩の晩酌に嵌っています。仕事を終えて家に帰り、風呂に入り、湯上がりの体に冷たいビールを流し込む瞬間は、なんとも言えない至福の時です。ただ、平日は酩酊するほどは飲みません。
 平日の晩酌は、だいたい決まった流れがあります。まず食事中に熱燗を一杯。もっとも、飲まない日もあります。魚を扱う仕事柄、食卓に並ぶものはどうしても魚が多くなるのですが、熱燗は魚とよく合います。食事が終わると、テレビをつけて、350mlの缶チューハイ——私が今嵌っているのはコマーシャルでよく流れている「タ〇杯」です——をゆっくり飲みます。これがまた、仕事の疲れをほどくのにちょうどいいんです。缶を開ける音が、1日の終わりを告げる合図のようなものです。
 週末になると、少しだけ飲み方が変わります。まず食事の時に500mlの缶ビールで乾杯です。たまたま娘の帰省で食卓を一緒にしている孫が横で「これはお水だから乾杯はだめよ」と自分のコップを指さして言う可愛い姿を見ながらビールを飲み干して、今度はカレイの一夜干しを肴に熱燗を飲むんです。週末の熱燗は、平日のそれよりも少しだけゆっくり味わいます。食事が終わったら、タ〇杯の500ml缶をじっくり時間をかけて楽しみます。で、寝る少し前に白湯を大きなタンブラーで二杯飲んで酔いを冷ましてから寝ます。「なんで折角飲んだ酒を冷ますの?」と思われるかもしれませんが、私の場合はお酒を飲んですぐに寝ると酔った状態がずっと続いて朝方になってから酒が抜けるときのあの嫌な感じになるため、酔いを冷ましてから寝ることにしています。あ、これはどうでもいい話ですね(笑)

 そんなふうに、酒は本来、楽しい場を彩るものです。仕事終わりの一杯、仲間との乾杯、祝いの席の盃。けれど、その「楽しい酒」の裏側に、静かに忍び寄る影があることを、私たちはつい忘れてしまいます。
 アルコール依存症は、単なる「飲み過ぎ」ではありません。医学的には脳の報酬系が変化し、自分の意思では飲酒をコントロールできなくなる病気なんです。最初は酒量が増えるだけですが、次第に「飲まないと落ち着かない」「飲む理由を探す」ようになり、やがて身体が酒を求めるようになってくるそうです。手の震え、発汗、動悸、不眠。こうした離脱症状が出るようになると、もう本人の意思では止められません。
 軽い段階では「ちょっと飲み過ぎたかな」で済むのですが、重くなると家庭崩壊や仕事の喪失、事故や暴力に繋がることもあります。実際、依存症による事故の話は少なくありません。酒を飲んで車を運転し、気づいたら電柱に突っ込んでいたという話や、家の中で転倒して大けがをしたという話もあります。中には、飲酒運転で人身事故を起こし、刑務所に入ることになった人もいます。矯正施設の中では、依存症の治療プログラムが組まれていて、受刑者が自分の飲酒と向き合う場が設けられています。酒が原因で人生が大きく狂ってしまう例は、決して珍しくないのです。
 日本には推計で約64万人の依存症の人がいます。さらに「依存症の手前」まで含めると約300万人。数字だけ見ると驚きますが、酒が身近な文化である日本では、気づかれずに進行することが多いのです。鳥取県に当てはめると、依存症の人は約2500〜3000人。人口の少ない県でこの数は決して小さくありません。さらに私の住んでいる岩美町の人口に換算すると、依存症の人は約50〜60人。依存症の可能性がある人まで含めれば約250人になります。

 こうして数字を並べてみると、依存症は「どこか遠い世界の話」ではなく、「町のどこかに必ずいる」現実の姿として浮かび上がります。実際、私の知り合いにも依存症と向き合っている人がいます。ここでは仮に川田さんと呼ぶことにします。
 川田さんは私と同じくらいの年齢で、まだまだ若い。明るくて、冗談を飛ばし、誰とでもすぐに打ち解ける。外から見れば、人生を軽やかに楽しんでいるように見えます。けれどその裏側には、深い影があるのです。
 ある日、彼はぽつりと話してくれました。「浴びるほど酒を飲んでいた時には、会社で仕事をしている最中に手が震えるんですよ。震えるくらいならまだいい方でね、書類を書いていると、突然手が20センチくらい横にぴょーんと跳ねるんです」と。ロッキード事件の証言台に立った人(日商岩井の海部元副社長だと思います)のように、と彼は笑いながら言いましたが、その笑いの奥には寂しさが感じ取れました。
 川田さんが友人に自分は酒を飲むと良くないということを話すと、「まあまあ、そう言わず一杯くらいいいじゃないの」と酒を勧められたそうです。けれど依存症の人にとって“一杯”は地雷です。彼はその一杯で自制が効かなくなり、また浴びるほど飲んでしまうんです。家族からは「一杯どころか一口でも絶対にだめ」と言われたそうです。彼はその言葉を思い返しながら、「自分のことを本当に思ってくれるのは家族なんだな」と静かに語ってくれました。

 彼はその家族とも別れてしまったそうです。奥さんとも子どもさんとも離れ、可愛い孫とも会えなくなってしまったそうです。酒が奪ったものは、あまりにも大きかったのです。
 それでも川田さんは、今を明るく生きています。夜の街にも出かけます。けれど酒は一切飲まないそうです。ウーロン茶で気分を上げて、場を盛り上げてみんなを楽しませているそうです。そして飲み会が終われば、自ら申し出て仲間たちを家まで送り届けているそうです。「私はもう一生分の、いやそれ以上の酒を飲んできたから、もう飲まないんです」と彼は言います。そして、「今まで自分の酒のせいでたくさんの人に迷惑をかけてきたから、これからは私がみなさんの面倒を見る番だ。送り届けるくらいなんでもない」と笑って言いました。
 彼は自分の車を「川タク」と呼び、楽しそうに話します。その姿はどこか切なく、どこか優しい。人は過去を変えることはできません。けれど、未来の誰かの役に立つことはできます。川田さんは、自分の弱さを認めたうえで、これからの人生としっかりと向き合おうと努力しています。
 過ぎてしまったことを後悔することは大切です。けれど、そのことでずっと挫けたまま下を向いていても、人生は始まりません。川田さんのように、過ぎたことは過ぎたこと、過ちは過ちと認めてこれからはその過ちを人生の糧として歩き出す姿は、とても清らかで尊いものだと思います。依存症は怖い病気ですが、そこから立ち上がる人の姿はもっと強く、もっと美しいと思います。頑張れ!川田さん。そして、今依存症で悩んでいる人はこの川田さんの生き方から何かを学んでいただけたらと思います。

 今回はアルコール依存症という怖い病気で人よりも多くの苦労をして、その苦労と向き合って、これからの人生を大切に生きようとしている人の物語でした。あ、そうそうコラムに川田さんのことを書くことはまだ川田さんには言っていませんが、きちんとお話をしようと思っています。たぶん川田さんも快くいいよと言ってくれると思います。はい、それでは次回も乞うご期待です。さようなら。

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