みなさんこんにちは。夏の甲子園は智弁和歌山が健大高崎に勝って優勝を決めましたね。初出場の熊本の有明高校が3回戦まで行ったり、プロ野球やメジャーリーグも注目している織田翔希の横浜高校や色んな話題がありましたが、今年は智弁和歌山でした。優勝おめでとうございます。そして、惜しくも敗れた健大高崎高校のみなさんや他の学校のみなさんも頑張りました。また来年に向けて頑張って再出発してください。と、甲子園とは全く関係ありませんが、今回は何となく思い出した昔の話をしたいと思います。
私の娘たちが1歳と2歳の頃です。当時私はシステムエンジニアという仕事をしていました。システムエンジニアと言えば聞こえが良くて格好がいいイメージがありますが、実際はそんないいものではありませんでした。イメージ的には、大きなディスプレイを前にプログラムをコーディングして、「カタカタカタカタ(キーボードの入力音)」「ふぅ」と一息ついて、首をかしげて考える様子があったと思ったらまた「カタカタカタカタ」。それを繰り返して、ずいぶんと時間が経ってから「……できた」と言う。そんな姿を想像されるかもしれません(厳密にはこれはプログラマーのイメージかもしれません:苦笑)。
しかし私のやっていたシステムエンジニアというのは、大きな企業の情報処理システムが色々な部署で稼働していて、それぞれのシステムが正しく結果をはじき出しているか、異常終了していないか、おかしな動作を繰り返していないかを監視したり、システムに新たな機能を追加するための仕様を顧客と一緒に考えて、それを具体的な処理仕様に落として、処理フローに落として、プログラム仕様書を作って、プログラミングをして、テストをして、顧客に結果を報告して、バグ取りをして、もう一度テストをして、顧客に報告して、最終的に出来上がったプログラムの追加部分をシステムに載せるという、とても地道な作業でした。格好いいと言える代物ではなく、頭脳労働というより体力頼りの仕事でした。
平日は子供たちが寝ているときに家を出て、子供たちが寝入ってから…深夜遅く帰宅するという生活でした。それでも子供たちと少しでも触れ合いたいと思い、休日はなるべく遊んであげるようにしていました。
奥さんにお弁当を作ってもらい、親子4人で近所の公園に出かけて楽しいお昼ご飯を食べたり、遊び道具は何もないけれど一面に芝生が生い茂っているところで子供たちとかけっこをしたり。平日会えない分、休日は子供たちがたくさん笑顔でいられるようにしていました。
疲れが溜まってどうしても出かけることが出来ない時には「寝るごっこ」という遊び(娘2人と私がゴロンと横になって一番早く寝た人が勝ちという昼寝の競争のような遊び)でごまかしていましたが、最後には子供たちにばれてしまい「つまんない」と言われてお母さんのところに行ってしまったりもしました。
そういえば、こんなことがありました。その日は夏の夜で、近所で花火大会があるということで親子4人で出かけていきました。夜7時30分を回ったころでしょうか。もうそろそろ花火が上がるかなと思った瞬間に携帯電話が鳴動しました。
「澤さん、システムが異常終了した。何とかして!」呼び出しの電話でした。
「わかりました。すぐ行きます」と、
花火を楽しみにしていた奥さんと子供を家に降ろして、車で2時間かけてお客さんのところに駆けつけました。重大な症状ではなくすぐに復旧したような気がしますが、それでも往復4時間かけて不具合を解消しに行きました。
またある時は、子供たちが小学校低学年の時。体育の日に近い日曜日に運動会がありました。午前の種目が終わり、校庭の周りのテントで楽しいお弁当を食べ終わったころ、また携帯電話が鳴りました。
「澤さん、システムが異常終了した。何とかして!」
親子種目を目前にして車に飛び乗り、お客さんのところへ向かったこともありました。確かこの時も致命的な症状ではなく、すぐに復旧したと思います。
こんな感じでしたが、子供たちはもちろん奥さんも文句ひとつ言わず、「お父さん気を付けてね」と気持ちよく送り出してくれました。
少し時間が遡りますが、長女が1歳か2歳の時だったと思います。お昼前ごろにあった呼び出しで出かけるとき、娘が
「おとうたん(まだお父さんと言えませんでした)、きょっけてね(気を付けてねが言えませんでした)」
そして最後に
「また来てね」と言ったときには、少し寂しかったのを覚えています。
仕事に一生懸命で、家のこと、子供のことは奥さんに頼りっぱなしでした。子供にご飯を食べさせたり、お風呂に入れたり、寝かしつけたり、そんなことはほとんどやったことがありませんでした。当時はそれが当たり前で、それはそれで悪くはなかったと思っていました。
何年か経って……何十年か経って、娘たちに子供が出来ました。それはもう可愛くて可愛くて、目の中に入れても痛くないというのはこういうことを言うのだろうなと分かるぐらい可愛いさです。
娘が二人目の出産のために長期の里帰りをすることになりました。最初のうちは子供にご飯を食べさせることも、お風呂に入れることも、寝かしつけることも娘がやっていました。娘の旦那さんもやっていましたが、平日は仕事で自分の家にいますので、やっぱり平日は娘がやっていました。
臨月になり、お産が近づいてくると動くのもしんどそうでしたので、私が子供(私にとっては孫)を風呂に入れてあげることにしました。最初は戸惑いました。娘に入浴のさせ方、シャンプーのやり方、体の洗い方のレクチャーを受けるのですが、いかんせんまともにやったことがありませんので今一ピンときません。
娘たちが生まれた時、小さな赤ちゃんだった娘たちと一緒にお風呂に入って、親指と中指で赤ちゃんの耳を押さえて水が入らないようにして頭を洗った記憶はあるのですが、確かな記憶はその程度。2歳、3歳になってからは忙しくてお風呂は入れてやった記憶がありません。
それでも、ぶっつけ本番で孫とお風呂に入ってみることにしました。孫は嫌がらず「じいじとお風呂入る」と言ってくれました。娘のレクチャー通り、シャンプーを10ポンプして手を泡で一杯にして、孫の長い髪を洗います。まずは小さな頭のてっぺんを指を立ててゴシゴシ、キュキュキュキュと洗います。そこが終わると、長い髪の毛を束にして揉むように先の方へ向けて洗っていきます。
「汚れをしっかり落としてね」という娘のリクエストもあり、これらの動作を3回くらい繰り返しました。
もうそろそろいいだろうと、孫に下を向かせてシャワーで洗い流します。すると、孫が少し不満そうに言いました。
「じいじ、ママは上向いてやってくれるよ」
私は耳に水が入らないように下を向かせていたのですが、そうではなくて上向きで平気だそうなのです。少し間があって、私は「あ、そうか。わかった」と言い、孫の言う通り上を向かせて洗い流してやりました。顔に多少かかっても平気らしく、気持ちよさそうにしていました。
髪と体を洗い終えたら最後は顔です。もちろんアワアワです(孫はシャボンのことをアワアワと言います)。シャボンを2ポンプして、孫の顔に十分行き渡る量の泡で、少し急いで洗い擦ってあげました。多少は嫌がったものの、最後まで泣かず、逆に笑い声さえ出して楽しそうに顔のシャボンを流されていました。
不思議なものですね。自分の子供にはやったことがなかったのに、孫には普通に当たり前にやってあげて、しかも結構上手にできて。なんだかとても気持ちよかったです。何十年の時間を飛び越えて、娘たちにやってあげているような、そんな気持ちになりました。
寝かしつけもやっていますが、こちらはお風呂と違って大変です。ベッドに入って、電気を消して豆電球にして準備万端。頭を撫でたり、眉毛を触ったり、鼻の頭をサラサラしたり、子供が気持ちよく寝られるようにいろいろやってあげるのですが、なかなか寝ません。10分、20分、30分。まだ目はパッチリです。50分を過ぎたころでしょうか。体はぐにゃぐにゃと動きたがっているのですが、目は閉じています。1時間を過ぎたころにはようやくぐにゃぐにゃも収まり、静かな寝息になってきます。それからあと10分、手が痛いのを我慢しながら頭を撫でて、眉毛を触って、鼻の頭をサラサラすると眠ってくれました。
可愛い寝顔です。起きていても可愛いですが、眠っているとその可愛さが倍どころか10倍にも100倍にも感じられます。娘たちに対しても感じていましたが、孫はまた格別ですね。苦労してやっと寝てくれたということもあるのでしょうが…いえいえ、やっぱり孫は可愛いです。
ということで今回は、孫の世話をしていて何となく昔を思い出した話でした。これを読んでくれている若いお父さん、今子供にできることは今してあげた方が良いかもしれませんね。私は出来ませんでしたが(笑)
はい、それでは次回もこうご期待です。さようなら。