2026年1月12日週:熊出没・・元日の風習は?

 みなさんこんにちは。なんかアメリカは無茶苦茶ですね。ベネズエラに武力侵攻・・と言って良いのかどうかわかりませんが・・攻撃して、大統領を無理やりアメリカに連れて行って、タンカーを拿捕してその原油を売った金を全額ベネズエラに渡さないで一部をアメリカ奪って、挙句にベネズエラはアメリカが管理するとか言っていますよね。それだけでなくグリーンランドも欲しいとかって・・・、無茶苦茶ですよね。ちょっとおかしいのではないかと思います。
 まあ世界は色々揉めていますが、それはそれとしてこちらはのんびりと行きたいと思います。前回長年のわが村(町ですが・・)の風習、元日の朝の風習についてお届けすることをお約束しましたので、今回改めましてお伝えしたいと思います。ただ、これも前回書いたのですが、今年は年末に熊出没情報がありましたのでいつもの年とは少し・・かなり?・・違う感じでした。と、前置きが長くなってしまいましたが始めます。

 

◆我が村の風習
 あ、「村」と書きましたが一応町です。鳥取県岩美町と言います・・・と、このくだりは毎度毎度おなじみですね(苦笑)。あと、「風習」と書きましたが、今現在は風習とかそんなことではなく、ずっと以前そのような習わし的なものがあって我が家ではそれをずっと守っているということになると思います。
 私が住んでいる鳥取県岩美町大谷というところでは、お正月の初詣の事を元朝詣り(がんちょうまいり)と言って、1月1日元日の朝にやります。世間では大晦日にお寺に行って除夜の鐘をついたら、新年を迎えそのまま神社にお参りに行って初詣としたり、三が日の間に大きな神社に家族で初詣をするところも結構多いと思うのですが、うちの実家の辺りでは初詣は元日の朝明るくなってから、つまり元朝にやるんです。しかも、元朝詣りをするのは(できるのは)男性だけなのです。元日の朝、家長を先頭に一家の男連中が連れ立って元朝詣りをします。女性たちは男たちがお詣りから帰ってくるまでに正月料理の準備をして、帰ってきたらみんなでお屠蘇を戴いて一年の無事を祈ります。
 最近では近所の方々はそこまで厳密にやってはいないようですが、私の祖父が元気だった頃は(・・60年くらい前?)、元日の朝は男だけがお詣りをしていました。女性は二日にならないとお詣りすることは出来ませんでした。普段は特に女性を蔑視しているとか男尊女卑とかそういった感じではないのですが、正月だけは特別のようです・・・ここまでは、ほぼ毎年書いている通りです。

 

◆熊出没情報
 いつもの年は何ごともなく・・ではないですね・・色々ごちゃごちゃわちゃわちゃと慌ただしい年末の時間が過ぎていくのですが、今回はその慌ただしさに加えて「熊」の目撃情報というショッキングなニュースも入ってきました。ですので慌ただしさに加えて緊張感も交じって年末の忙しい時間が過ぎていきました。この緊張感というのは私だけです。なぜ緊張感があるかというと、先ほど書いた元朝参りにいく神社というのは「鬱蒼(うっそう)とした森」という表現がぴったりな場所にあるのです。
 そこは弥長神社という古い古いお宮さんです。どなたを祀ってあってどのくらい古いのかはわかりませんが、兎に角ずっとずっと昔からあります。参道は苔むした小さな石畳が敷かれていて、一段あがって5mほど歩いたらまた段が上がるという感じの、なだらかな坂に小さな祠、小さなお堂、手水舎(手や口を清めるところ)、鳥居があり、そこを過ぎると苔だらけで気を抜くと滑りそうな石段が50段?70段?・・100段くらいあって、階段を上がりきった小さな場所に改めて鳥居が立っていて、その鳥居を抜けてすぐのところに弥長神社の本堂があります。
 そうそう、参道に入る前には人の住む下界と神様がおられる山の世界との境界が明確に示されています。何年か前から猪被害に遭っているせいで、猪除けのために鉄柵(頑丈で人が登っても壊れなさそうです)が設置されています。神社がある山側に行こうとするとこの鉄柵の向こうに行かなければなりません。出入口には手による開閉が必要なフックが据え付けられていて、ここから先に行くには「野生動物と対面しても自分で何とかしなければいけないという」緊張感が否が応でも湧き上がってきます。しかも今回は、ただでさえ緊張する場所に行くだけでなく、昨年北海道や東北だけでなく日本中が大騒ぎになった、熊の出没情報があったばかりなのです。今まで冬の寒い時期ではない時の出没情報はありましたが、寒い寒い冬で熊は冬眠している時期の出没情報は今年が初めてです。それだけでも十分緊張というか物凄く怖いのですが、それだけではなく、出没情報があったと思しき場所に黄色地に黒く怖そうな熊が書いてある熊注意の看板が立ててあるのです。熊出没情報は村(町ですが・・)の防災無線で聞きましたので耳だけの情報ですが、看板は目の情報です。耳と目とおまけに熊に被害に遭った方の情報とがあいまって恐怖は倍増どころか何倍にも膨れ上がりました。

 

◆どうしよう
 ごちゃごちゃわちゃわちゃと慌ただしい年末の時間が過ぎて、ついに1月1日の朝が来てしまいました。家内やお袋は「今年はやめたら?」とか「神社に行かないで神社の方向を向いて拝んだら神さんも分かってくれるから」と言うのですが、神さんのことをやめるわけにはいきません。しかも、雪が降ろうとどれだけ寒かろうと毎年欠かさず続けてきた1年に一回の行事です。
 念のため、熊対策グッズは準備しておきました。熊脅し用の紙巻火薬のおもちゃの鉄砲とラジオです。おもちゃの鉄砲を打って大きな音を鳴らしながら、ラジオも鳴らして行けば熊は人間がいると思って近寄ってこないだろうと思ったからです。みなさん山に行くときには熊鈴を着けて音を出しながら行かれますのでこれで大丈夫だろうと考えていました。ところが、色々調べてみるとおもちゃの鉄砲では音が小さくて熊脅しにならないだけでなく、熊というのは色んなものに興味がある動物だそうで、小さなパンパンという音だと逆に「何だろう?」と近寄って来るらしいのです。しかも最近の、というか北海道や東北地方で被害に遭われた方が遭遇した熊というのは人間をターゲットにして、人間を捕まえようとして向かってくるらしいのです。そんな好奇心旺盛で食欲旺盛な熊におもちゃの鉄砲やラジオでは効果がないのでは?と言う不安が襲ってきました。
 ではどうすればいいだろう・・・色々考えた末、万が一の時は熊と戦わなければならないと思い武器を持っていくことにしました。武器と言っても猟銃は許可もなければ実物もありませんし、大きな鉈(なた)とか刀なんかも持っていません。かと言って、鎌や鍬では役に立ちません。もっともっと色々考えて鉄パイプを持っていくことにしました。この鉄パイプはガス管として使われていたもので、直径3.5㎝長さ2m重さ5㎏のものです。ガス管というのは万が一ガス漏れが起きてはいけませんので頑丈にできています。私、一時期この鉄パイプを筋トレ用に使っていたことがありまして、合計90㎏のウエイトをつけても全く平気なくらい頑丈でした。

 

◆いざ!
 意を決して弥長神社にお参りに行くことにしました、右ポケットにおもちゃの鉄砲を、左手に2mの鉄パイプを持って。5㎏といえば結構な重さです。5㎏の鉄パイプを持って約1㎞を歩こうと思ったら結構大変です。でもこの時は熊に遭ったらどうやって戦おうかと考えながら歩いていましたので、重さを感じる余裕はありませんでした。
 しばらく歩いたら下界と山を隔てる鉄柵門の所に着きました。いよいよです。いよいよ熊と戦うときが来ました。・・・と大袈裟な感じもしますが、私としては本当にそう感じました。怖かったです、恐ろしかったです。「来なければよかった」とも思いました。でも、今まで続けてきたことを途中でやめるわけにはいきません。それに、一旦決めたことをやめるとズルズルと何事でもそうなってしまう気がして・・・。勇気を振り絞って鉄柵の門を開けました。
 心臓はバクバク、喉はカラカラ、足はガクガクです。鉄パイプを握りしめて辺りを慎重に見回しながら少しずつ歩を進めました。手水舎で手と口を清めてから苔で滑りそうな階段を一歩一歩上がっていきました。前日までの風が止んだせいか辺りは驚くほど静かでした。静かすぎるのも結構怖いものですね。いやー兎に角早くお参りを済ませたかったです。二礼二拍手一礼、パンパンと柏手(かしわで)を打って感謝の気持ちと願い事をつぶやいて、それでもどうにかこうにかお参りをすることが出来ました。

 

◆なーんだ
結局、熊には遭いませんでした、鉄パイプまで持って行ったのに。ちょっと拍子抜けな感じがしましたが、帰る道すがら、近所のおじさん夫婦に会いました。「お、なんだその鉄パイプは」(おじさん)、「あ、これは熊退治用」(私)、「え?お前ひとりで熊退治か?」(おじさん)と頓珍漢な会話でした。そのおじさん夫婦は武器のようなものは何も持たないで弥長神社に向かっていました。え?私はこんなに思い悩んで鉄パイプまで持って行ったのに・・・。なんだか拍子抜けがしました。
 まあいいか。今年一年良い年でありますように。

 はい、それでは次回も乞うご期待です。さようなら。

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