みなさん、こんにちは。
盛り上がりましたね、ミラノ・コルティナオリンピック。金メダル5個に銀メダルが7個、銅メダルが12個で合計24個です(2月22日現在)。24個もメダルを獲得したのは未だかつて無かったそうです。2022年開催北京オリンピックは18個で、それまでの最高でした。でも北京での金メダルは3個しかなかったそうですが、今回は5個です。凄いですよね。日本はどんどん強くなってメダル獲得数が増えていきますよね。でもまあメダルの数がどうのこうのと言うよりも、頑張った選手のみなさんに拍手を送りたいですね。もちろんメダルに手が届かなかった選手の方たちにもエールを送りたいです。オリンピックのために4年間(・・もっと?)頑張って、晴れの舞台でその努力の塊りをぶつけることが出来たのですから。よく頑張りました。お疲れさまでした。
・・・ちょっと下衆な話ですが、オリンピックのメダルを獲得すると報奨金が貰えるそうです。銅メダルで100万円、銀メダルで200万円、そして金メダルを獲るとなんと500万円が貰えるそうです。選手にとったら「お金なんかどうでもいい」と思うのではないかと思うのですが、頑張ったご褒美ですので気持ちよく貰って気持ちよくパーっと遣ったらいいのではないかと思います(笑)・・冗談です(汗)。
今テレビでハ〇ス食品のカレーライスのコマーシャルをやっていました(本当はカレーライスを作るときのルーのコマーシャルですが、簡単にカレーライスのコマーシャルとしておきます)。橋本環奈さんが可愛いエプロンをして真剣な眼でカレーライスを作って、そしてそれを食べて「美味しー!」と叫ぶやつです。これはこれでいいと思うのですが、ハ〇スのカレーライスのコマーシャルと言えば、やっぱり「ヒデキ、感激!」と西城秀樹さんが叫ぶあれですよね。「ハ〇スバーモン〇カレーだよー♪♪」と歌うあれです。いやー、懐かしいですね。・・ってこれは1980年代中頃までテレビで流れていたものですので、これを生で観たことがある人はまずまずな昭和世代の方だと思います。懐かしいですね。
まあ、それはそれとして、私が「カレーライス」で思い出すのは、うーん、やっぱりチクワカレーですね。そうその名の通り肉の代わりにチクワで作ったカレーライスです。たったそれだけのことなのですが、私にとって、とても懐かしいものです。
当時私のうちは両親が出稼ぎに行っていて家を留守にしていました。・・・あ、夫婦でトンネル工事の工事現場に働きに行っていたというのではありません。父親が無線基地局の設備工事の工事屋さんをやっていて、工事は澤組として何人かの職人さんたちと一緒にやっていました。現場は自宅から通える比較的近い所の場合もありましたが、通うのはとても無理な所もありました。というか、殆どが通うのが無理なところでした。岡山くらいならは比較的近い方で、広島や大阪や和歌山、どうかすると福島県の現場までありました。
無線基地局ですので殆どが山の上にあります。そして、その山も都会から近い山ではなく田舎の山です。今であればビジネスホテルやそれほど高級ではない旅館に泊まるのではないかと思うのですが、当時はそれほどビジネスホテルというものが普及しておらず、安い旅館もタイミングよくあるわけではありませんでした。そのため、一軒家や3部屋若しくは4部屋あるアパートを借りて、澤組のみんなで寝泊まりしながら工事をしていました。旅館であればご飯も出てくるのですが、一軒家やアパートではそうはいきません。そのため、母親が現場について行って澤組の食事の準備をします。いわゆるまかないさんというやつです。私と姉は学校があるため、うちに残っておばあちゃんとおじいちゃんとで暮らしていました。
おばあちゃんとおじいちゃんは仕事をしていました。そうです、私が今やっている澤鮮魚という魚屋さんです。当時も今と変わらず、漁港の市場で行われる朝の競りで新鮮な魚やカニを競り落として、町のお客様に配達をしていました。朝は競りがありますのでもちろん忙しかったですし、配達が終わると田んぼや畑の世話をしていましたので一日中忙しくしていました。
そんなある日、おばあちゃんが何を思ったか「伸夫、カレーライスを作ったげるけ(作ってあげるよ)」と言いました(伸夫というのは私です)。小学生だった私はカレーライスと聞くだけでうれしくなるほどカレーライスが好きでした。カレーライスの日はいつもお代わりをしていました。ハ〇スバーモン〇カレーのコマーシャルではないですが、「ノブオ、感激!」です。おばあちゃんは親と離れて暮らしている孫が可哀そうでたまには子供の好きなカレーライスを作ってあげようと思ったのだと思います。そうなんです、おばあちゃんは魚屋さんです。おばあちゃんの口癖は「米と魚を食っとりゃ間違いない(ご飯と魚を食べていれば病気なんかしない)」でした。そんなわけで、ご飯のおかずは魚でした。魚を煮たものや焼いたもの、刺身もありましたし、兎に角、魚魚魚でした。
私は、今は魚が好きですが、小学生の時の私はそれほど魚は好きではありませんでした。・・・私だけでなく子供で魚が大好きな子はあまりいないのではないかと思います。子供はハンバーグやカレーライス、スパゲッティやフライドポテトが好きなのではないかと思います。ですのでやっぱりカレーライスと聞くと胸がときめき、心が躍って、もうルンルンでした。
その日は夕飯の時間になるのが待ち遠しくて待ち遠しくて、「早くカレーライスができないかなぁ」と、料理をするおばあちゃんにくっついていました。大きな鍋に色々な具材が入っていきます。人参、玉ねぎ、ジャガイモ、チクワ・・?・・チクワ・・・??「あれ?カレーライスってチクワだっけ?」。その後も見ていましたが、カレーライスの鍋の中には肉のようなものは入って行きませんでした。私は堪らなくなって、ついおばあちゃんに聞いてしまいました。「おばあちゃん、肉は?豚肉とか牛肉とかは入れんだか?(いれないの?)」、するとおばあちゃんは「うん、肉は無いけ(無いから)、チクワで辛抱しんさい(しなさい)」と。
やはりチクワだったのです。夢にまで見たカレーライスは豚肉も牛肉も、ましてや鶏肉さえも入っていない、ただ、魚から作ったチクワがメインの具材のカレーライスだったのです。カレーライスの色はしていても本当のカレーライスのように美味しくないのだろうなということは小学生の私でも想像がつきました。ショックでした。まるで、お年玉袋がぶ厚かったから期待して開けてみたら100円札が束になっていたような感じのショックさでした(あ、これ実話です)。
でも私はそんなことは一言も言えませんし、言いませんでした。だって、おばあちゃんは親と離れて暮らしている孫が可哀そうだから、カレーライスなんて作ったことがないであろうおばあちゃんなのに、孫が喜んでくれるだろうと思って一生懸命作ってくれたんです。肉だろうとチクワだろうとなんでもいいんです。おばあちゃんが孫を思う気持ちのカレーライスなんです。私はほんの一瞬うつむいて、でもすぐに顔を上げて嬉しそうな顔をおばあちゃんに見せました。
チクワカレーの味は・・・忘れました。でもそれほど不味くなかったことだけは覚えています。味よりも普段めったなことでは笑わないおばあちゃんが、チクワカレーを食べるときにはニコニコしながら嬉しそうに食べていたことだけは覚えています。孫が喜んでくれるだろうと作ったカレーライスで、おばあちゃん自身も嬉しくなったみたいでした。
はい、今回は今から50年以上も前におばあちゃんが作ってくれたカレーライスのお話でした。それでは次回も乞うご期待です。さようなら。